忘れたくない人がいました。

それが恋心とか、好きとか、そういう感情なのかは解らなかったけれど、私はただ彼の優しさを忘れたくなかった。

それでも、私はあの時の悲しさとか、喪失感でそんな事を忘れてしまっていた。


私が私の半身を喪ったあの時。

そんな記憶を気にする余裕なんてなかった。

子供のように泣き叫んで、それでも真実を受け容れるしかなくて。


寂しさを紛らわすために、彼のペンケースを使うようになった。

彼のストラップを私の携帯に付け替えた。彼のシャープペンシルをペンケースに入れた。

ノートやバインダーは彼が好きだったシリーズを使うようにした。

彼の部屋で過ごすようになった。彼が好きだったロリポップを舐めるようになった。特に、オレンジ味。(でもやっぱりコーラ味の方がおいしいと思うんだ)



あまりにも無駄な行為なのだけれど、その時私の記憶の中には彼と勇人と、私と。

それだけしか無かったのだから。




求めたのは只、平穏な日常だった
(それすら護れなかった私を、貴方は決して責めないでいてくれました)